この連載ではモーニングピッチ各回で取り上げたテーマと登壇ベンチャーを紹介し、日本のイノベーションに資する情報を発信します。
今回は、2022年11月10日に開催した「ヘルステック特集」です。
ヘルスケアスタートアップのグローバルベースの調達額ですが、2021年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大の影響によって急激に伸びました。2022年は肌感覚で「調達環境が冷え込んでいるな」と思われる方も多いでしょうが、数字としてはコロナ禍前を上回る水準で推移しています。ただ、アーリー期のスタートアップは勢いを持続しているのに対し、ミドル・レイター期の企業や、調達額が1億㌦を上回る「メガディール」は停滞したり、案件選別の動きが顕在化しています。一方、ドライパウダー(投資に回っていない待機資金)として、資金が貯まっている傾向もあるので、これから数年間にわたり、そうした資金がどんどん投下されていくのではと、楽観的な見方をするキャピタリストもいます。
国内外のヘルステックベンチャーの動向を見ると、ポストCOVID-19の領域で気づいたところが三点あります。一つは医療者の燃え尽き症候群が、世界中で問題になっている点です。これをサポートするツールが百花繚乱のような形で生まれています。二点目は遠隔医療が一般化しており、より高付加価値なソリューションが要求されつつあることです。健康・予後管理の必要性も高まっており、広義のプレホスピタル(医療用語の「プレホスピタル」は救急を指すが、ここでは広義に捉え、予防や救護を指す)、ポストホスピタル(退院後)といった領域で、ケアテクノロジーが進化を遂げていることが三点目です。
米国のスタートアップの動きを見ると、燃え尽き症候群対策として、雑務による医療従事者の消耗を防ぐためのソリューションが、多数登場しています。AIによる事前情報の収集やカルテの入力、バックオフィス業務などを、テクノロジーが補佐する時代が到来しています。例えばマイクロソフトに買収されたニュアンス・コミュニケーションズの音声認識サービスは、米国の病院の77%で使われています。日本の病院でもこうした技術を導入するところが増えていると思いますが、付随してデータ利活用の動きが加速することに期待しています。
遠隔医療は2021年に大きな資金が投下された分野ではありますが、一巡してきており、投資家目線だと供給過多や収益性に対する懸念が出てきています。利用者目線では情報が限定的といった課題感もあります。一方、技術の進化は著しく、画面でつながるだけではなく、より分散型で情報密度の高いアプリケーションによるリッチ化が進んでいます。例えばPOCT(臨床現場の即時検査)領域では、自分でもベッドサイドでも対応可能なテストの技術に注目が集まっています。VR(仮想現実)やAR(拡張現実)、メタバースを使った医療体験は新しい分野ですが、米食品医薬品局(FDA)でも承認例が出てきており、期待感もかなり高まっています。
プレ・ポストホスピタルステージでは健康管理サービスへの投資意欲が高まってきている点です。特に未病や予防領域に対処するモニタリングが着実に伸びていることを感じています。国内の市場規模は公的保険外の領域に関しても拡大するとみられており、さまざまな民間テクノロジーが参入してくると言われています。
デジタルの活用事例は、プレホスピタルの領域がウエアラブルデバイスやスリープテック、スクリーニング診断機器、健康データの収集・解析などです。ポストホスピタルではVR・ARリハビリやリハビリロボット、身体能力のサポートデバイス、介護DXなどのサービスがさらに活発化すると思われます。
今回はプレ・ポストホスピタル領域の健康管理や、患者のQOL向上に貢献するサービス・プロダクトを提供する5社を紹介します。
テックドクター(東京都品川区)は、医療や創薬の現場に不可欠なデジタルバイオマーカー(デジタル端末を用いて客観的、定量的に収集・測定された生体データ)の開発プラットフォーム「SelfBase」を提供しています。医療業界では患者が病院にいない間のデータを医療現場にフィードバックできていないため、反映できる仕組みの構築を目指しています。例えばリウマチ膠原病の場合、脈拍や睡眠関連、運動に関するデータを取得することで、睡眠障害や呼吸器系や循環器系の疾患対策などに活用できる見通しです。
LIFEHUB(東京都台東区)は、ロボティクスで機械の身体を創造することを目指しており、二輪起立構造を実装した「歩く・立ち上がる・段差を乗り越える」ことができる電動車いすの開発を進めています。高い所のものを取ることができるほか、階段やエスカレーターもそのままでの利用が可能。コンパクトで洗練されたデザインにより、障害者だけではなく足腰に弱さを抱える健常者にまでユーザーを広げられるモビリティです。今後は電動車いすだけではなく、身体拡張デバイスを次々に開発していく計画です。
メディフォン(東京都港区)は医療通訳サービス「mediPhone」とクラウド健康管理サービス「mediment」を提供しています。外国人患者は言葉の壁に遮られ、適切な医療を受けられないという課題に直面しています。mediPhoneは、医療に特化した医療通訳と機械翻訳サービスを備えることで、こうした課題を解決します。medimentは健康診断結果の見える化が可能なサービス。多言語対応しており、外国人従業員のオンライン診療や産業医面談をサポートします。
HOYAからカーブアウトしたViXon(ヴィクシオン、東京都中央区)は、ロービジョン、弱視と呼ばれる人に向けた次世代ウエアラブルデバイスの開発を行っています。「MW10」は、夜間など、暗いところでも昼間のような明るさとフルカラーで見ることができる眼鏡で、夕方以降、1人で歩くことができなかった人を支援します。また、見たいものに対して自動的にピントが合う眼鏡の開発も進めています。スマートフォンの普及や老齢化により視覚障害者数が急増しており、社会課題の解決に貢献します。
国内の民間ヘルスケア産業は成長基調にあります。プレホスピタル領域の健康経営もその一つ。企業の間で社員のウェルビーイング(心身の健康や幸福)向上に取り組む動きが広がりつつあるからです。プレホスピタル、ポストホスピタルの領域を中心にヘルステックベンチャーの台頭が加速しそうです。
▼テーマリーダーProfile
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
執行補佐 シニアマネージャー
MBA(IESE)
金澤 祐子(かなざわ・ゆうこ)
米系戦略コンサルティングファームで通信・製造業の経営コンサルティング。銀行にて金融子会社のPMI→リテール部門横断マーケティング。MBA (スペイン、IESE)。ヘルスケア専業VCにてヘルステック系スタートアップへ投資。ヘルステックスタートアップの事業責任者として新規事業・パートナーシップ・海外事業推進・公的事業・共同研究/実証事業・SaMD薬事・広報・マーケティング等を担当。デロイトトーマツベンチャーサポート参画後は、大企業とスタートアップの協業支援や、イノベーションエコシステム構築に従事。
~イノベーショントレンドを定期的にキャッチアップされたい方へ~
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