この連載ではモーニングピッチ各回で取り上げたテーマと登壇ベンチャーを紹介し、日本のイノベーションに資する情報を発信します。
今回は、3月27日に開催した「Climate Tech特集」です。
気候変動が急激に加速化し、元に戻すことが非常に難しくなるような臨界点のことをClimate Tipping Points(クライメート ティッピングポイント)と言い、このポイントを超えると気候変動の影響が急激に増大します。代表的な事例がグリーンランドや南極の氷床の大規模融解で、海面が大幅に上昇するリスクがあります。また、珊瑚の死滅やアマゾン熱帯雨林の消失は生態系の崩壊を招く恐れがあるほか、大気や海流の循環が変化することによって異常気象が発生します。
温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」は、世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて1.5度に抑える目標を掲げています。この1.5度は、自然システムのメカニズム自体が大きく変わるかどうかの分水嶺だと思っています。
しかし、残念ながらその分水嶺を超えてしまいました。欧州連合(EU)の気象情報機関であるコペルニクス気候変動サービスによると、2024年の世界の平均気温は1.6度上昇。1.5度を単年で初めて超え、2年連続で史上最も暑い年となりました。気候変動対策は待ったなしの状況にあります。
日本をはじめ世界の主要国は、気候変動対策の一環として2050年のネットゼロ(温暖化ガスの実質排出ゼロ)を目標に掲げています。しかし、現在の取り組みだけではとても達成できません。必然的に新しいサービス、ソリューション、事業の展開が必要となってきます。割合でみれば4割程度を占めており、この取り組みで重要な役割を果たすのがClimate Techです。
日本は他国に比べて化石燃料の依存度が高く、発電電力量に占める石炭・石油・天然ガスの割合は7割近くに達しています。一方で太陽光や風力など再生可能エネルギーの比率は2割強に過ぎませんが、今年2月に決定した国の第7次エネルギー基本計画では、2040年には4割、5割まで拡大することが必要と明確に示されました。
ただ、再生可能エネルギーは出力に不確実性があるため、調整力を一段と強化する必要があります。それには、系統全体の需給・小売事業者の供給力確保の状況に応じて需要側機器を調整するデマンドレスポンス(DR)や、蓄電池技術の向上が重要な役割を果たします。
こうした動きに伴い、日本で急速な伸びが見込まれるのがVPP(仮想発電所)関連市場です。VPPは複数の分散型エネルギーリソース(DER)を統合制御して、単一の発電所のように運用されます。再生可能エネルギーの不規則な出力変動を吸収しながら、供給力や調整力を提供する役割が期待されています。また、太陽光発電などの発電設備をもつ一般家庭が使い切れなかった電力を他の住宅などと売買するP2P(需要家間取引)市場も大幅に増える見通しです。
こうした領域で活躍するのがClimate Techで、世界ではさまざまなスタートアップが台頭しています。日本でも大企業とスタートアップの連携が進んでいます。
大手商社はアイルランドのエネルギーITソリューションプロバイダー、GridBeyond(グリッドビヨンド)とDRの領域で業務提携しました。
グリッド社は10年以上にわたってアイルランド、イギリス、アメリカ、オーストラリアの900ヶ所を超える設備で、合計2.6㌐㍗の電⼒負荷を制御した実績があります。こうした実績を踏まえ日本でも、独⾃のAIやロボット等の最先端技術を活⽤し、DRを通じた効率的な電⼒取引を代⾏します。
今回は、温室効果ガスの排出抑制・削減に貢献するエネルギーシステムのイノベーションおよび、ネットゼロを実現するために不可欠な、温室効果ガスをマイナスにするネガティブエミッション・カーボンクレジットの領域から5社を紹介します。
英国のReactive Technologies(リアクティブテクノロジーズ)は電力網の運用者、電力会社、規制当局が安定した脱炭素エネルギーシステムに移行するためのリアルタイム測定ソリューションを提供しています。制御されたエネルギーパルスを送信してグリッドの慣性と安定性を測定。高精度センサーによって電力ネットワーク全体でデータを収集し、クラウドベースで処理を行っています。34カ国で250以上の特許を取得、技術は英国、オーストラリア、台湾で既に展開中で、今後は日本市場の開拓にも注力します。
ESREE Energy(エスリーエナジー、東京都千代田区)は「PTES」という、ヒートポンプ技術を活用した新たな蓄熱蓄電システムを開発しています。充電時はヒートポンプサイクルで熱と冷熱を作り、発電時はそれらを使って蒸気サイクルを回すという仕組みで、高温熱をコンクリートなどに蓄え、冷熱を氷水に蓄熱します。一般的な蓄熱蓄電より充放電効率が高く安価であり、揚水発電の代わりとなる技術です。商用機としては、サッカーコート3面分程度の規模で、1㌐㍗時超の電力を貯蔵する想定です。2030年までの商用化を目指しています。
Eサーモジェンテック(京都市南区)は、フレキシブル型の熱電発電モジュール「フレキーナ」を提供しています。薄型のため湾曲が自在という特性を備えており配管など円筒状の熱源に対して密着性が高く、熱エネルギーを電気エネルギーに変換し、小さな温度差でも大出力の発電を実現します。活用するのは工場で使用するボイラーの未利用蒸気熱や炉の排気熱など、副産物として発生する熱エネルギー。基本・応用特許含めて国内外で14件の権利を保有しており、今後は新製品の開発パートナーの開拓を進め、導入実績がある業界を大幅に増やしていく考えです。
MIRAI-LABO(東京都八王子市)は、EVで走る役目を終えたバッテリーを再利用した、電線が要らない自律型ソーラー街路灯を提供しています。通常のソーラー街路灯と比べ、潤沢な発電・蓄電容量を有しており、LED照明以外にさまざまなデバイスと組みわせることができます。例えば、監視カメラ、各種センサー、通信機器など、電線がない場所でも配線工事不要で簡単に導入でき、停電の影響も受けないため防災・防犯のレジリエンス強化が見込めます。災害時に非常用電源としてスマートフォンの充電などを行うことも可能です。
クレアトゥラ(東京都港区)は、地域にネットワークを持つ企業などと連携しながら、地域に分散する環境価値を取りまとめ、コストを抑えながら大きな単位でJクレジットを創出するサービス「Lynx Connect」を提供しています。どこで生まれたクレジットを誰が買ったのかというトレーサビリティを確保することができるため、クレジットの地産地消や大企業と地方の連携・資金還元による地方創生を、脱炭素という観点から実施することが可能です。今後は二国間クレジット制度(JCM)の創出を、フィリピンおよび東南アジア各国に拡大する考えです。
気候変動対策に否定的なトランプ米大統領が就任後、GX(グリーントランスフォーメーション)をめぐり各国では様子見をしたり鈍化する傾向も見られます。ただし、温暖化抑止に向けた脱炭素の必要性自体は揺らぐことはなく、電力・エネルギー領域におけるグリッドテックを含めClimate Tech系スタートアップのさらなる活躍に期待が高まります。
▼テーマリーダーProfile
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
インダストリー&ファンクション事業部長
気候変動ビジネスユニット長
宮澤 嘉章(Yoshiaki Miyazawa)
略歴
・‘03-’11 ボストン コンサルティング グループ
・’11-’21 三菱商事
・‘22- 現職
~イノベーショントレンドを定期的にキャッチアップされたい方へ~
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