この連載ではモーニングピッチ各回で取り上げたテーマと登壇ベンチャーを紹介し、日本のイノベーションに資する情報を発信します。
今回は、10月10日に開催した「スポーツ特集」です。
2024年に実施されたスポーツ関連のビッグイベントは、パラリンピック競技大会も含め7月末から9月にかけて実施されたパリ五輪。コロナ禍で急速に進んだイノベーションが大いに活用された大会としても注目を集めました。
イノベーションはAI、映像通信、セキュリティ、持続可能性 という4つの領域で存在感を発揮しました。AIは競技だけではなく観戦にも活用され、事前にデータ収集・分析手法を身に付けたAIが自動でハイライト映像を作成。即時に3Dでリプレイ映像を生成し、放映されました。
開会式では、各国選手団が船に乗ってセーヌ川を下り、会場となるトロカデロ広場に集まるというセレモニーが展開されました。夏季五輪の歴史上で初めてとなる競技場外での開会式を撮影したのはスマートフォン。映像は高速通信規格の5Gで中継されていました。セキュリティについては、テロに対する厳戒態勢が話題を集めましたが、AIを活用した監視カメラ映像の分析や、SNS上で行われた選手への誹謗中傷の監視も行われました。
サステナビリティの領域では、温暖化ガス(GHG)の排出量を従来の大会の半分に抑えるという目標を踏まえ、生産から廃棄までに生じる二酸化炭素(CO2)の排出量を示す「カーボンフットプリント」の評価ツールの開発・活用が行われました。また、再生エネルギーの活用や、プラスチック利用の削減も進みました。
コロナ禍に伴いスポーツをするのが難しくなった中で、主にデジタル技術の活用やコンディショニングに関するイノベーションと実装が多く起こりました。オリンピックを通じ、こうしたイノベーションの波が、見る人、支える人にまで浸透してきたと言えるでしょう。
コロナ禍によって大打撃を受けたスポーツ市場は、活気が戻ってきています。2023年の規模は世界で約71兆円、日本で約1兆4000億円。スポーツテックへの投資額は22年比で76%増の約5兆5100億円と大幅な伸びを示し、投資件数も1100件を超えました。このうち14件が1億㌦以上の案件です。
スポーツ産業の特徴は「する」「見る」「支える」と関与するところが大きい分、産業のすそ野がとても広いことにあります。
アスリートと、アスリートが所属するチーム、チーム同士の試合で構成されたスポーツ活動が中核にあり、施設などのインフラや教育、指導、広告・宣伝が、スポーツ活動に必要な基盤として上流に位置づけられています。スポーツ活動を楽しむために存在する観戦や街づくり、金融サービス、ツーリズムアパレルなどは下流に属します。企業や個人とも、大小なりとも関わりのある広い産業の集合体。それがスポーツ産業です。
企業・自治体とスタートアップが連携し、スポーツに関連したイノベーションを起こす事例も着実に増えています。大手スポーツ用品メーカーは、脳科学に基づく人材開発ソリューションを展開するmiloqs(ミロックス)と共同で、高校生向けにメンタルやパフォーマンスを改善するソリューションを提供しました。大手シンクタンクはヘルスケアアプリを提供するSPORY(スポリー)とのパートナーシップを結び、自社で提供するアスリートのキャリア支援サービスとヘルスケアアプリの連携を検討しています
著名プロダクションは、アスリート向けのファンエンゲージメントサービスを提供するEngate(エンゲート)と共同で、若手芸人向け応援プラットフォームの運営を開始しました。愛知県では、大型イノベーション施設の開設や国際アリーナの開業、アジア競技大会の開催を契機に、スポーツビジネスのコンソーシアムを立ち上げ、アクセラレーションプログラムを開始しました。
今回は教育・人材やマネジメント、ウエアなどの領域から5社を紹介します。
ニューラルポートは、アスリートのメンタルコンディションの可視化とゾーン状態の科学的再現を目指し、視線の計測でストレスを可視化できるVRアプリケーション「ZEN EYE PRO(ゼンアイプロ)」を提供しています。ユーザーの視線を検出できるVRゴーグルを用い、VR上に表示される動画像群を3分程度眺めるだけで、AIが定量化された計測データから視線を解析してストレス度合いを算します。身体的なコンディションや本人の意識に影響されずに計測できるのが特長。今後は海外を含めサッカー、野球、アメフトと市場拡大を目指します。
RIGHTHAND(ライトハンド)は、選手の映像とデータを一元管理することで、部活動の見える化を実現するマネジメントアプリを提供しています。データの蓄積・管理を行え、従来のコミュニケーションアプリと比較し、選手個人のプロフィールの作成やハッシュタグ機能によるデータの検索性を強みとしています。日本の部活動は大きな転換期を迎えており、2025年度末をめどに地域スポーツクラブへの段階的移行が始まる予定です。アプリは指導者や競技環境に恵まれない選手に対して適切な示唆を与えるきっかけを作っており、新しい教育活動のあり方を創出しています。
Pestalozzi Technology(ペスタロッチテクノロジー)は学校のスポーツテストのDXを支援するスタートアップです。パソコンやタブレットなどに対応した、体力テストの計測・集計・分析を行えるデジタルツール「ALPHA」を提供。紙による記録や手作業でのデータ転記の手間を解消します。デジタルでの測定により、データの入力ミスや集計時間の削減、リアルタイムでのデータ共有・分析を実現。東京都ではすべての公立小中高校に導入されています。教育委員会への報告資料作成をサポートすることで、教員の業務負担を大幅に軽減します。
DIFF. (ディフ)は、大手スポーツ用品メーカー発のスタートアップです。実は左右の足の大きさが異なる人は全体の5%ほど存在し、不適合なシューズを当然のこととして受け入れています。このため「地球上のすべての人が自分に合ったシューズを簡単に手に入れられる世の中にする。」をミッションに掲げ、左右別サイズのシューズを片足ずつ購入できるサービスを提供しています。通常、シューズは左右セットで管理されており、既存のシステムでは片足販売に対応するのが困難です。この課題を解決するため、多様なステークホルダーを巻き込みながら、片足流通を実現しています。
PAPAMO(パパモ)は、幼児と小学生でグレーゾーンを含めると全体の10%ほど存在すると言われる発達障害児を支援する専門のオンライン運動教室「へやすぽアシスト」と、施設向けの運営支援サービスを提供しています。運動教室は今すぐ・全国どこにいても受けられる、オンラインプラットフォームです。発達が気になる子供や運動が苦手な子と運動発達のプロである理学・作業療法士を繋ぎ、さまざまなレッスンを提供。今後は蓄積データを元に、個々の発育・特性に応じた指導支援ツールを開発し療育施設や運動教室に導入し、「発達のインフラ」を目指しています。
デジタルとテクノロジーの融合やエコロジー、サステナビリティ。パリ五輪を成功させるうえで支えとなったキーワードをいかに広めていけるかが、スポーツ市場のさらなる発展に向けた課題となるでしょう。
▼テーマリーダーProfile
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
Industry&Function事業部
原口 瞳(Hitomi Haraguchi)
略歴
・大学・大学院では体育学・スポーツ医学を修め、学生から社会人にかけてサッカーチームでトレーナーとして活動
・現職では、民間企業への新規事業開発やスタートアップ協業支援、官公庁・自治体へのイノベーション政策実行支援を中心に担当
・スポーツスタートアップへの支援や民間企業とのオープンイノベーションを通じて、スポーツエコシステムの発展に取り組む
~イノベーショントレンドを定期的にキャッチアップされたい方へ~
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