この連載ではモーニングピッチ各回で取り上げたテーマと登壇ベンチャーを紹介し、日本のイノベーションに資する情報を発信します。
今回は、9月26日に開催した「製造業DX特集」です。
日本では人的・金銭的にも多くの資本が製造業に投入されています。自動車メーカーを筆頭に日本経済を支えており、国内総生産(GDP)に占める割合は2割。32%を占めるサービスに次ぐ重要な産業です。
ただ、製造業の営業利益は決して高水準で推移していません。経済産業省によるとコロナ禍からの回復はあったものの、2022年の調査では全体の44.1%が「減少」「やや減少」と回答。業務改善に向けた施策が求められています。
また、日本はGDPで世界4位にもかかわらず、IMDの世界競争力ランキングでは35位と低迷しています。足を引っ張っているのが47位であるビジネス効率性。この分野でトップのデンマークは生産性の高さを社会システムに組み込んでおり、総合順位でも首位です。国民一人当たりの製造業生産高が世界で最も高いスイスも総合3位にランクインしており、主要産業である製造業のDXが国際競争を勝ち抜くための重要なツールになっていることは、間違いありません。
DXのニーズが高まっている重要なポイントは三点あります。一つは、気候変動や地政学リスクなど、近年の予測困難な事態にも対応可能なサプライチェーンの強靭化です。それには調達先の把握や生産拠点の変更、拡充などが求められます。二点目はグローバル対応であり、世界的にニーズが高まっている環境負荷の低減や人権保護に対し、柔軟に適合する必要があります。三点目はデジタル技術による事業者同士や製造業全体での連携と、データの可視化です。
日本では、データの利活用についてまだまだ課題が残っています。経済産業省が実施した調査「製造業を取り巻く環境の変化」によると、大企業と中小企業ともに最大の課題として、「データ連携に必要なスキルを持つ人材の欠如」を掲げています。
ただ、課題はあるとはいえ、サプライチェーンの工程ごとに見ると、DX化は着実に進んでいます。具体的には(1)データに基づく意思決定支援(2)製品ライフサイクルを考慮した設計・施策(3)生産計画の最適化(4)資源投入の最適化(5)物流の最適化・把握(6)顧客接点の構築(7)能動的なメンテナンス―といったように、物流管理や顧客接点の構築から、保守運用にかかるメンテナンスシステムに至る幅広い領域で、DX化につながるソリューションが存在します。
スタートアップが大企業と製造業DXの領域で協業するケースも活発化しています。
東大発AIスタートアップのSpark+(スパークプラス)は、パワートレインなどの機能部品メーカーである山田製作所と共同で、蓄積された現場データ・知見とAIの連携による業務の効率化を進めています。大手印刷会社は、サプライチェーンのリスク管理サービスを提供するResilire(レジリア)と連携。南海トラフ地震など災害が発生した時に迅速にサプライヤー情報を把握できる体制を整えています。
大手住宅機器メーカーは物流センターに、ラピュタロボティクスの自動フォークリフトを導入。搬送工程の完全無人化によって人手不足の問題を解決しています。大手自動車メーカーは、工場で発生する生産資材の見回り業務や補充業務の削減と効率化を目指し、エスマットが提供するIoTによる在庫管理の自動化SaaS「スマートマットクラウド」を導入。リアルタイムで実際の在庫把握を可能にしています。
製造DXのベンチャーは開発設計や生産技術などの計画業務と、在庫管理や輸送物流などの実行業務に加え、横断ソリューションという領域で構成されています。各工程内には多くのベンチャーが存在しており、今回は5社を紹介します。
Catallaxy(カタラクシー)は鋼材取引のデータ管理エンジン 「Stream(ストリーム)」を提供しています。取引データを一元管理し、サプライチェーン全体を通じて鋼材の仕入れから納品に至るまでの追跡を可能にします。EC(電子商取引)のようなUI/UXで鋼材取引の利便性を向上させながら、物流倉庫との連携でAmazonレベルの在庫管理体制も可能です。また、デジタル前提のオペレーションを構築する上で生じる障壁についても、伴走して解決を図ります。
リチェルカは、 SCM(サプライチェーンマネジメント)の SaaS「RECERQA(リチェルカ)シリーズ」を展開しています。日常で普段体験するようななじみやすさを重視したUI/UXを強みとしており、オペレーションデータが随時蓄積され、生成AIを用いたデータ活用を可能にします。SCM業界ではシステムを個別最適で開発していますが、バイヤーとサプライヤーが一つのプラットフォームで完結することで、「サプライチェーンのアップデート」を実現。業界全体の変革を目指します。
東大発スタートアップである匠技研工業は「フェアで持続可能な、誇れるモノづくりを」をミッションに掲げ、製造業界に特化した見積支援システム「匠フォース」を提供しています。少量多品種生産を行う部品メーカーは、値決めを行う見積業務が経営の一大課題ですが、経験と勘を頼りにした金額算出業務の属人化や、どんぶり勘定などが課題として残っています。効率化だけではなく、付加価値の適正な価格転嫁ができていないことから、経営の持続可能性が業界全体に問われており、この課題解決に切り込んでいきます。
トランスミットは、製造現場の実績の集計・可視化を行うSaaSサービスを展開します。製造現場では紙による帳票への記入ミスや、集計時間の長さに加え、見える化やカイゼンになかなか繋がらないといった課題があります。このためタブレット端末を提供し現場担当者の使いやすいUI/UXにより、業務変革と顧客価値提供の両立を高いレベルで実現しています。既に黒字化も達成しており、アウトプットの自由度の高さや、現場担当者がワンタップで入力できるといった顧客ニーズに合ったサービスとして、今後、より多くの製造業に訴求していきます。
ビットクォークは、生産ラインシミュレーションソフト「assimee(アシミー)」を提供。既存ラインの見える化により、ボトルネックの特定・改善や人員配置の最適化、中間在庫の削減などを支援し、生産能力や効率の向上に貢献します。また、新規ラインの設計時にシミュレーションを活用することで、設備投資前の事前検討や最適なライン設計を可能とします。年間ライセンスの契約により、ユーザーはブラウザを通じていつでもどこでもシミュレーションを実行でき、現場導入時に無駄のない生産体制を構築することで、より効率的な運用を実現します。
少子高齢化による労働人口の減少や後進が育たないことなどの減少を理由に、製造業の人手不足は年々深刻さを増しています。このためIT活用やデジタル化といったDXの推進によって既存の業務効率を改善し、従業員の負担軽減や生産性を向上、収益力の向上につなげる動きが活発化するのは必至です。こうした取り組みが、国際競争力の強化にもつながることでしょう。
▼テーマリーダーProfile
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
スタートアップ事業部 東海オフィス
谷本 敦(Atsushi Tanimoto)
略歴
・JETROにて日本企業の海外展開支援、スタートアップの海外展開・実証事業等に従事
・東海エリアにおけるベンチャー創出・成長のためのエコシステム形成支援を担当
・愛知県の製造企業のイノベーションコミュニティ形成支援を担当
・地方から海外展開するスタートアップの支援に従事
~イノベーショントレンドを定期的にキャッチアップされたい方へ~
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