この連載ではモーニングピッチ各回で取り上げたテーマと登壇ベンチャーを紹介し、日本のイノベーションに資する情報を発信します。
今回は、8月1日に開催した「大企業発ベンチャー特集」です。
不確実性が高く先が見通しにくい現代で企業が継続して成長するには、一定分野の知を継続して深める「知の深化」と、認知の範囲外にある知を探索し、すでに持っている知と新しく組み合わせる「知の探索」が必要です。
知の深化は直近の利益を得やすいという特性を備えていますが、従来のビジネスモデルに固執して新たな可能性を視野に入れなくなる、コンピテンシー・トラップに陥りやすくなります。結果として中長期的なイノベーションが停滞する恐れがあります。そのため、企業が長期で継続的に成長するには、知の探索に取り組むことが必要不可欠ですが、知の探索に悩む企業は少なくありません。
事業を推進するにあたっては、評価、文化、プロセス、ヒトという4つの要素が不可欠となります。知の探索(新規事業)と、知の深化(既存事業)で特に異なるのはヒトの部分です。
既存事業では堅実さや社内政治力が大事ですが、新規事業では意思や人を引き付けるチャームポイントに加え、社内だけではなく社外との政治力も必要となります。また、大企業で知の探索によるイノベーションを起こすためには、経営層のコミットメントに加え、社内外の政治力に秀でた社内起業家の発掘・育成が不可欠となります。
今回のテーマに合わせてDTVSでは、2020年以降に設立された大企業発ベンチャーの一部を対象に、独自調査を行いました。それによると社内起業家の3分の2が新卒入社。創業時の年齢は30~40代で6割を超えていることが明らかになりました。20代は11%。20代以下の一般的な起業家の比率は数パーセントであるため、大企業の社内起業家は若い世代から活躍している傾向にあります。文系・理系別に見ると、理系のボリュームゾーンは40代。長年研究を積んだ方が、独自の研究分野で起業している傾向が鮮明になっています。
事業領域は出身元企業との親和性が高くtoCビジネスが全体の45%。一般的なビジネスと比較して、個人の原体験などを基にした事業アイデアが多いといえるでしょう。
大企業発ベンチャーの育成には3つのステップが想定されます。まず社内外から新規事業の種を探索、PoCなどで特性を見極めます。その後、将来的なアセット活用の場や起業後の経営自由度を踏まえ、最適な実施の場を選択し、育成することが可能です。
大企業発ベンチャーの種の探索としては、社内起業家育成制度が定着しており、日本を代表する大企業30社で構成する「TOPIX Core30」の半数以上の企業が取り組んでいます。DTVSの調査でも大企業発ベンチャーの4割以上が起業のきっかけとなっており、事業創出のための人材発掘・育成の手段として重要な役割を果たします。
2020年度から経済産業省が進めている出向起業制度も、大企業発ベンチャーの育成に貢献しています。出向元からの出資無しでの起業が6割強と、外部パートナーと連携して資金調達などを行いながら、事業開発時には大企業のリソースが活用できており、比較的低リスクで大企業発ベンチャーの創出を後押ししています。
大企業発ベンチャーの発掘・育成に向けた環境整備に伴い、2020年以降は60社近い大企業発ベンチャーが設立されており、直近1年でも10社以上が誕生しています。今回は5社を紹介します。
休日ハックは、大手日用品メーカーの社内新規事業制度による第1号ベンチャーとして、出向起業制度の活用を踏まえ誕生しました。謎解きなどの魅力的なコンテンツを通じて街をハックするという主旨で、街歩きコンテンツ「街ハック!」を運営しています。謎解きの黎明期からクイズを作っている百戦錬磨のクリエイターを正社員として抱えており、謎解きをはじめとして漫画や小説の制作を内製化しています。鉄道会社や不動産会社、観光協会などとパートナーシップを組んでおり、グローバルにリーチできるSNSも強み。直近の9投稿は平均再生回数が5万に達しています。
KAMAMESHI(カマメシ)は、設備老朽化の課題解決に向けて、部品管理・シェアリングを行う会員制のプラットフォーム「Kamameshi」を提供しています。大手製鉄会社の起業第一弾で、プラットフォームでは、社内で保有する部品在庫の管理をWeb化することによって、社内やグループ内の部門・拠点間で情報を共有化したり、現場での棚卸しの負荷を軽減します。また、製造業版のメルカリのようなECサイト機能も備えており、会員企業同士をマッチングしながら、生産終了品などの緊急調達や社内で滞留する部品在庫の販売消化なども促進します。
大手携帯電話会社発のSUPERNOVA(スーパーノバ)は、社会人のリカレントを促進するAIを活用した日本初の縦読み学習マンガサービス「LearningToon」を提供します。画像生成AIをオペレーションに組み込んでマンガを作成しており、スタジオで制作する場合と比較して10分の1程度の期間で作成できます。スピードが向上したことで、1話当たりのコマ数を大幅に増やすことができ、従来は解説が多かった学習マンガを完全オリジナルストーリーで楽しく読める作品に仕立て上げています。また、カラーで高品質な作品に仕上げることが可能で、コストも抑制します。
大手メーカー発のPrediction(プレディクション)は、企業の執務室内に大型の広告ディスプレイ(サイネージ)を設置し、オフィス内に広告を放映する事業を展開しています。現在1200カ所を超える場所で展開。150万人のビジネスパーソンにリーチできる媒体となっています。動画広告は商材を魅力的に伝えられる一方でターゲティングの精度に課題がありますが、独自のマーケティング技術によって特定の企業、部署に至るまで精緻なターゲティングが可能です。BtoB広告主の商談獲得やBtoC広告主のふるさと納税、健康食品/飲料のPRで活用が可能です。
大手百貨店発のアナザーアドレスは、国内外の300を超えるデザイナーブランドの中から自分で選んでレンタルできる百貨店業界初のファッションサブスクリプション「AnotherADdress」を展開しています。月額で3着あたり1万2540円を中心に3つの定額プランで提供。送料やクリーニング等を気にせずにレンタルという形で楽しめるのが特徴です。デザイナーファッションをもっと多くの人が楽しめる世界を目指すとともに、アパレル業界が抱える大量生産・消費・廃棄といった環境負荷の高いビジネスモデルから脱却。社会・顧客・環境に褒められるビジネスモデルを追求します。
欧州や米国はスピンオフの事例が多く、産業の新陳代謝が進みやすい環境から巨大テック企業が生まれたとの見方があります。日本政府が2022年にまとめたスタートアップ育成5カ年計画でも「大企業が有する人材、技術の潜在能力の発揮や大企業発のスタートアップ創出の観点からはスピンオフの促進が重要」と提言しています。ゼロからの起業と異なり、大企業発スタートアップはリスクが抑えられる点が特長。即効性のある日本的イノベーションだけに、促進・支援するための、より高度な戦略が求められています。
▼テーマリーダーProfile
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
ビジネスプロデュース事業部
杉山 麻依子(Sugiyama Maiko)
総合電機メーカーにて、電力・エネルギー分野の新興市場の新規開拓などを担当、また海外駐在を経験。その後、コンサルティング会社にて、環境や電力・エネルギー分野の市場調査、政策提言に従事。現職では、エネルギー・製造業を中心とした大企業向け社内起業制度運営や、社内起業家・スタートアップへのハンズオン支援などを担当。
~イノベーショントレンドを定期的にキャッチアップされたい方へ~
—————————————————————————————————————————————-
Morning Pitchでは、上記のような各回テーマ概観の解説を
資料や動画にして有料会員様限定でお届けしています
解説資料・・・Morning Pitch有料会員
解説動画・・・Morning Pitch Innovation Community(MPIC)会員
—————————————————————————————————————————————-