モーニングピッチ

イノベーショントレンド

 

\イノベーショントレンド解説/

この連載ではモーニングピッチ各回で取り上げたテーマと登壇ベンチャーを紹介し、日本のイノベーションに資する情報を発信します。

今回は、5月30日に開催した「ゲノム編集・寿命延長特集です。

年平均成長率は約20%

ゲノム編集とは、特定の遺伝子を直接変更する技術です。従来の品種改良は、異なる品種の植物や動物を交配し、望ましい形質を持つ個体を選びながら長年にわたって繰り返すという選抜方法になります。しかし時間がかかり、成功率も低いことが課題でした。例えば従来の方法で甘みや耐病性を持つリンゴを作るには何世代も要していましたが、ゲノム編集なら特定の遺伝子を短期間で改変できます。こうした迅速かつ正確という特性を生かし、ゲノム編集は農業から医学に至る幅広い分野で、革新をもたらす可能性があります。

ゲノム編集の世界市場規模は、2022年時点で80億㌦に達しています。年平均成長率(CAGR)は約19.9%。15%以上が高成長とみなされるため、成長市場であることがわかります。その中でも生命科学を支える編集技術として急速に進んでいるのがCRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)。CAGRが21%を超えており、今後の動きに注目してください。

2020年にノーベル化学賞を受賞したCRISPR-Cas9システム

2020年にノーベル化学賞を受賞したCRISPR-Cas9システムは、高精度でDNAの特定の場所を切断する技術です。具体的にはCas9という遺伝子編集酵素と、Cas9をDNAの標的部位に誘導するガイドRNA(gRNA)を細胞内で働かせてDNAを切断し、その修復機構を利用して遺伝子を編集します。これにより、遺伝子の機能を失わせる「ノックアウト」や、目的の配列を導入する「ノックイン」が可能です。

2023年には、米Vertex Pharmaceuticals(バーテックス・ファーマシューティカルズ)とスイスのCRISPR Therapeutics(クリスパー・セラピューティクス)が開発したCRISPR-Cas医薬品が英国と米食品医薬品局(FDA)から承認されました。この医薬品は、鎌形赤血球症やベータサラセミアといった血液の遺伝性疾患を治療し、安全性が初めて当局から認められました。

ゲノム編集スタートアップに対する投資の動きも活発で、資金調達が1億㌦を超えるケースも顕在化しています。OpenAIのサム・アルトマンCEOは2023年3月、アンチエイジングのゲノム編集企業に約1億8000万㌦の個人資産を投資し注目を集めており、ゲノム編集は投資が加速する分野だと予測しています。

実はゲノム編集とAIとの相性は良いと考えています。AIの活用によって膨大なパターンから特定、予測できるためで、イノベーションを通じ、医療やバイオテクノロジーの未来を大きく変える可能性があります。具体的には遺伝子編集ターゲットの効率的な発見や、狙いとは異なる遺伝子に作用してしまうオフターゲットの最小化、データ解析による新たな洞察、カスタマイズされた治療法、新薬の開発などにつながります。また、医療だけではなく農業・漁業など幅広い分野での応用が可能です。例えば工業製品の領域では、試薬や香料、化粧品などを植物や微細生物から生産したり、環境保護の分野ではバイオプラスチックや農薬の不使用が進むことに期待が高まります。

世界ではルールづくりが進む

法規制についても触れておきます。日本は現在、ゲノム編集技術の臨床応用に対する直接的な法規制を導入しておらず、指針に依存している段階です。一方、世界ではルールづくりが進んでいます。例えば、生物多様性に関する枠組みで2003年に施行されたカルタヘナ法は、遺伝子組み換え生物が国境を越えて移動する際の規制を強化する「カルタヘナ議定書」に基づいています。

協業事例も相次いでいます。海外ではオデッセイ・セラピューティクスが、ジョンソン・エンド・ジョンソン傘下のヤンセンファーマシューティカNVと戦略的研究提携を締結。AI、機械学習、計算化学を活用して、創薬が困難な標的に対する低分子医薬品を共同で発見・最適化します。

日本では大手印刷会社と広島大学、プラチナバイオがゲノム編集のデータ処理を簡易化するオープンプラットフォーム「Genome Editing Cloud」のベータ版を開発。AIを用いてCRISPR-Cas9のガイド設計と編集配列解析を簡易化することで、研究者を支援しています。

今回は医療分野を中心に5社のベンチャーを紹介します。

 

アレルギー低減卵の開発に成功し、大手食品会社と事業化を推進(プラチナバイオ株式会社

プラチナバイオはCRISPR-Cas9に代わり、産業に利用しやすい独自ツール「Platinum TALEN(プラチナターレン)」を保有しています。本来の標的とは異なる別の分子を活性化するリスクが低く、標的遺伝子を正確に改変できる特長があります。卵アレルギーの原因物質が含まれない「アレルギー低減卵」の開発に成功しており、大手食品会社と事業化を進め、フードテック領域の取り組みを先行して実施。また、大手農機グループとは、環境に配慮した資源循環型農業の実現を目指しています。

RNAを標的とした治療薬の研究・開発(エディットフォース株式会社

エディットフォースは、RNA(リボ核酸)にくっつくたんぱく質「PPR」による編集メカニズムを利用して、RNAを標的とした治療薬の研究・開発を行っています。RNA編集に関しては、 マウスで70%以上という高い編集効率を達成しており、RNAに関連するバイオ領域での提携なども可能です。リードプログラムである「EF-210」は、筋強直性ジストロフィー1型(DM1)を対象とした遺伝子治療薬であり、現在、臨床以降の開発パートナーを積極的に探索しています。

食品・化学品メーカーなどを対象に研究開発の受託サービス(株式会社セツロテック

セツロテックは、農業畜産分野や食品・化学品メーカーを対象とした研究開発受託サービス「PAGEs」事業を提供しています。顧客のニーズに応じ対象遺伝子を選定するコンサルティングフェーズに始まり、ゲノム編集個体を作出して形質評価を行うフェーズを経て、事業化まで伴走します。また、自社でPoCレベルまで開発を進めて知財を確保し、ライセンスするようなプロダクトアウト型の受託開発サービスも展開。いずれの開発も、契約金、マイルストーン料、成功報酬、ロイヤリティを収益化します。

Cas3を用いた新しいゲノム編集を基盤技術とし社会実装に取り組む(C4U株式会社

C4U(シーフォーユー)は、創業メンバーである東京大学医科学研究所の真下知士教授らの研究成果を基に開発された、大阪大学発のバイオベンチャー企業。CRISPR-Cas3を用いた新しいゲノム編集を基盤技術とし、その社会実装に取り組んでいます。Cas3はCas9と比べ効率的な編集が可能で、安全性の面でも優位性があり、当該技術をパートナーが活用する事業を展開しています。魚類の開発や実用植物の受託研究・開発でも外部と提携しており、工業領域での協業も検討しています。

高度なゲノム解析を生殖・不妊治療領域に提供(株式会社ゲノムクリニック

ゲノムクリニックは高度なゲノム解析を生殖・不妊治療領域に提供しています。特に着床前遺伝子診断サービスに注力しており、胚から培養液中に放出されるCell Free DNAを解析し、胚にダメージなくゲノム解析を行う「Medi-Seq(メディ・シーク)」を提供しています。将来的には日本を含むアジア・太平洋地域の不妊治療クリニックへの普及を目指しています。また、着床・発生に関わる機能を明らかにすることで、不妊症メカニズムの解明や人工子宮の開発につなげていきます。

 

 

日本人の2人に1人は生涯のうち一度はがんに罹患するため、超高齢化社会が進む中、より高度な対策が求められています。また、世界人口の増加やウクライナ戦争、気候変動に伴って地球規模の食料不足が懸念されるなか、国内でも食糧安保という観点から、フードテックによって食の新たなサプライチェーンを築く動きが顕在化しています。こうした課題に対応するにはゲノム編集技術が重要な役割を果たすだけに、ゲノム編集系ベンチャーの活躍に期待が高まります。

 

 

▼テーマリーダーProfile


デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社

ビジネスプロデュース事業部  

川口 翔吾(かわぐち しょうご)

 

コンサルティング会社にて、AIソリューションの提案・導入支援を担当。また、大規模システム開発の経験をもつ。現職では、Sixbrainや新規事業グロースのプロジェクトに従事。

 

 

 

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