この連載ではモーニングピッチ各回で取り上げたテーマと登壇ベンチャーを紹介し、日本のイノベーションに資する情報を発信します。
今回は、4月11日に開催した「量子コンピューティング特集」です。
量子コンピューティング関連市場は、2040年に100兆円規模まで拡大すると言われています。国内市場も著しい伸びを示すとみられ、矢野経済研究所では2030年の市場規模を2940億円と予測。22年以降の年平均成長率は40%に達する見通しです。海外ではスタートアップに大きな投資が集まっています。額トップの米PsiQuantum(プサイクアンタム)はユニコーン(企業価値が10億ドル超の未上場企業)を大きく凌駕する規模に成長しておりますし、業界内では新規株式公開(IPO)やM&A(合併・買収)も相次いでおります。
日本では量子時代を勝ち抜くため、国家戦略としてさまざまな取り組みがなされています。2030年の目標として掲げているのは、量子技術利用者を1000万人まで増やし、量子技術による生産額を50兆円規模にまで拡大すること。ユニコーンの創出も課題です。また、「QーSTAR」という業界団体が立ち上がっており、80法人が参加し社会実装に向けた取り組みを推進しています。
量子はあまり聞きなれない難解なワードですが、身の回りを超ミクロに見渡しますと、すべて量子でできています。なぜ量子をクローズアップするのかというと、不思議な現象を通じていろいろと新しいことができるという期待があるからです。その一つが、超ミクロな量子を使って微小な動きを検知する超高感度のセンサー、量子センシングです。量子を使った超高速・超高精度なコンピューターを実現するのが量子コンピューティングで、量子を使うことによって盗聴が不可能となる究極の安全性を備えたのが、量子暗号通信です。
今までのコンピューターは「0」または「1」というビットを使って計算していましたが、量子は0と1を同時に持てる量子ビットというのを作ることができます。
例えば30ビットの場合、2の30乗で10億通りの組み合わせとなります。その中から1番良いものを見つけたいとなったときに、普通のコンピューターだと10億回ぐらい計算することになりますが、量子コンピューターは同時に探索できます。イコール10億倍早いという単純な計算ではありませんが、異次元の速さになりそうなのが量子コンピューティングに対する期待です。
たった30台の車による渋滞を解消するにも、200兆通りの組み合わせがあります。普通のコンピューターで対応するには膨大な計算時間を要しますが、量子コンピューティングを活用して1分で解を求めることができたとしたら、街の渋滞の解消につながります。こういった形で身の回りの難解な問題をリアルタイムで解くことによって、さまざまな社会課題が解決していくだろうという期待があります。
量子コンピューターの応用領域は、工場や交通、EC(電子商取引)、金融、通信、化学など多岐にわたっています。一方で、究極の量子コンピューターが実現してしまうと、現在の暗号が破壊されてしまうという負の側面もあります。破壊されないような暗号にどんどん置き換えていく必要があるのですが、GoogleがChromeに、AppleがiMessageに、量子コンピューティング対策を発表するなど、守る側も攻める側も盛り上がっている状況にあります。
Morning Pitchに過去登壇した量子コンピューティング関連スタートアップの多くは、大企業や自治体、金融機関と事業連携しています。物流業界の配送問題などの解決を担っているエー・スター・クォンタムは大手航空会社と共同で、運航整備計画の最適化アプリケーションの開発を行っています。東北大発スタートアップのシグマアイは愛媛県松山市に野生鳥獣捕獲管理アプリを提供。クラウドプラットフォームなどを手掛けているグルーブノーツは、与信ポートフォリオや市場ポートフォリオなどのリスク管理の高度化などを図るために、金融機関との間で資本・業務提携をしました。
今回は量子コンピューターの中で最適化、AI、化学、プラットフォーム・開発環境の領域と量子暗号通信のスタートアップ5社を紹介します。
Quemix(キューミックス)は誤り耐性量子コンピューター(FTQC)が2026年に登場するのを見据え、「PITE」というアルゴリズムの開発を行っています。現行方式のコンピューターに比べて量子化学計算をさらに高速化することができ、素材開発や自動車・物流、製造、建築などさまざまな領域で適応が可能です。量子センサーは物質中の量子性を活用し、環境センシングを行う次世代の超高感度装置で、ヘルスケアや電子デバイス分野、海洋・地質調査などでの実用が期待できます。
Quanmatic (クオンマティク)は早稲田大学発の量子スタートアップで、量子計算・数理最適化技術、AIを駆使したアルゴリズムとハードウェアに依存しない汎用的なソフトウェアを提供しています。オペレーション、R&D、物流、ポートフォリオを対象にしており、コアプロダクトの「QANML」にはトップ学術誌に掲載され特許化した技術を基盤に、問題規模の制限、解の収束性、変数の肥大化などに対応する汎用アルゴリズムを複数搭載。同サービスを用いて、世界で初めて量子計算技術による1億ビット超の問題の求解に成功しました。
Classiq Technologies Ltd.(クラシック・テクノロジーズ)はイスラエル発のスタートアップ。量子アプリケーションを開発する次世代プラットフォーム「CLASSIQ」を提供します。独自言語を使用してプラットフォームが自動的に効率的で最適化された量子回路を生成できるため、専門知識が限られているユーザーも高度な量子アルゴリズムの開発が可能です。今後は、システムインテグレーター等とのパートナーシップ強化や 教育プログラムとコミュニティの構築に注力し、量子コンピューティングの商業化、社会実装を目指します。
Jij (ジェイアイジェイ)は、交通や船の輸送、通信基地の周波数最適化など社会を支える大規模で複雑な計画業務という課題に対し、簡単にすぐ使える量子技術・最適化AIのプラットフォーム「JijZept(ジェイアイジェイゼプト)」を提供しています。高度なアルゴリズムにより複雑な問題を迅速に解決するほか、組み合わせの最適化問題を近似的に解くことに特化したコンピューターであるイジングマシンや、量子アニーリングなど多様なソルバー(最適化計算プログラム)に簡単にアクセスでき、直感的UIで専門知識がなくても扱えるユーザーフレンドリーさが特徴です。
LQUOM(ルクオム)は横浜国立大発のスタートアップで、量子コンピューター間の情報通信インフラである量子インターネットの実現に向けた関連技術の開発を行っています。要となる量子中継器には、光子同士の結びつきが強い量子もつれ光源や量子状態を一時保存する量子メモリー、周波数安定化などのコア技術を必要としますが、特にインテグレーションで圧倒的な優位性を誇っています。量子中継システムの商用化に取り組む企業は当社を含め世界で2社しかなく、クロスプラットフォーム(様々な量子メモリー系への適合)や多重化通信の観点で差別化されています。
量子コンピューティングは開発途上の技術ですが、複雑な物流問題を迅速に解決するなど、さまざまな領域での活用に弾みがつくことが期待され、有力スタートアップも次々と台頭するとみられます。
▼テーマリーダーProfile
デロイト トーマツ コンサルティング 合同会社
量子技術統括
寺部 雅能(てらべ まさよし)
名古屋大学大学院工学研究科量子工学専攻を修了。日系大手メーカーや商社にて、量子プロジェクトリーダーとして実証プロジェクトなどを推進する傍ら、東北大学大学院情報科学研究科にて特任准教授を務める。現職では、量子技術統括として、量子技術のユースケース創出やエコシステム形成等に取り組む。
~イノベーショントレンドを定期的にキャッチアップされたい方へ~
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