この連載ではモーニングピッチ各回で取り上げたテーマと登壇ベンチャーを紹介し、日本のイノベーションに資する情報を発信します。
今回は、2023年11月2日に開催した「ヘルスケア・バイオテック特集」です。
人類は「健康に生きる」という願いを追求する中で、医薬品、医療機器、再生医療、介護や病院・クリニックなどのヘルスケアサービス、健診や治療といったデータプラットフォームなど多種多様な業態を輩出しています。その結果、ヘルスケア産業として成長してきました。
また、命に直結するという産業の性質から、確かなエビデンスを出すことが求められており、技術と強く結びついていることが特徴です。具体的にはバイオテクノロジーやIoT、AI(人工知能)などの革新的な技術から新しいモダリティー(治療手段)が次々と生まれ、産業の活性化に貢献しています。国としては、医薬品・医療機器産業の中でも特に研究開発分野で、スタートアップの成長を期待しています。
医薬品および医療機器の2022年の世界市場規模はそれぞれ約2兆㌦、6500億㌦で、これからも成長が持続すると予想されています。
スタートアップに目を移しますと、投資市場は全体的に冷え込んでいるといわれています。しかし、バイオ・創薬スタートアップの場合、シリーズAに対する平均調達額は横ばいで推移しており、2023年においては一段高くなっています。
また、医療機器スタートアップに関しても、実証実験フェーズの企業には資金が集まっているという報告があります。AI/ML(機械学習)による創薬プラットフォームへのライセンス数は増加傾向にあり、新規技術に対する期待が表れています。
バイオ・創薬/医療機器スタートアップは、そのビジネスモデルから製品開発型とプラットフォーム型に分類できます。製品開発型は製品の上市がゴールであり、医療課題を解決する製品開発を行います。臨床試験、実証試験というハードルがあり、数百億円ともいわれる高額の費用と年単位での期間を要します。その過程では大手企業へのライセンスアウトや共同開発を行うことがあります。
プラットフォーム型は先鋭化した技術プラットフォームを提供することで、企業から対価を得るtoBビジネスになります。1件ごとの調達額やライセンス料は製品開発型ほど多くないですが、AI/ML技術への注目もあり、ここ2年は投資件数が多くなっています。二つの型は相互に行き来することが可能であり、製品開発の費用、期間をプラットフォームの提供でカバーするハイブリッド型の企業も存在します。
製品開発型、プラットフォーム型ともにスタートアップと事業会社が保有する、それぞれのアセットを利用した連携が可能です。スタートアップの革新的な製品および技術を、事業会社の豊富なアセット、知見と組み合わせることで、スタートアップは製品開発を加速させ、技術プラットフォームの使用実績を積み重ねることができます。事業会社は今までにないパイプラインや新製品、技術を獲得し、研究開発の期間を短縮することが可能になります。
スタートアップによる具体的な事例を紹介します。日本のChordia therapeutics(コーディア セラピューティクス)は、抗がん剤の開発を行っています。自社でもパイプライン(新薬候補)を開発しますが、日系の大手製薬会社に対して特許やノウハウを使用許諾するライセンスアウトを行い、開発などの進捗に応じたマイルストーン報酬を得ています。
製品開発型の提携方法は導出だけではありません。海外の事例にはなりますが、CRISPR-Cas(クリスパー・キャス)という遺伝子編集治療の開発を行う米Intellia Therapeutics(インテリア セラピューティクス)は、米Regeneron Therapeutics(リジェネロン セラピューティクス)と共同で臨床開発を進めています。最も開発ステージが進んでいる「NTLA-2001」はIntellia社の主導の下、Phase 3を開始しています。
国内のプラットフォーム型企業として、シンクサイトを紹介します。同社はMLと高速形態計測技術によって細胞を非標識で判別する会社です。非標識という点に技術特徴があり、再生医療・細胞治療のバリューチェーンを管理する大手電機会社や血液学的検査で世界をリードする企業と共同開発及び資本提携を行っています。事業会社が世界をリードする領域において、スタートアップの技術でさらに存在感を高める提携になっております。
今回は医薬品と医療機器の領域から5社を紹介します。
ソニア・セラピューティクスは、体外から照射される超音波を患部に集束させて、手術のように体を傷つけることなく難治がんの治療を進める「HIFU治療装置」の実用化を進めています。減圧によって常温で沸騰が起こり発生するキャビテーション気泡を加熱治療として積極的に活用。超音波画像による焦点の位置を可視化し、今まで難しいとされていた腹部の臓器に対してHIFU治療が行えるようにしました。生存率が10%未満で、難治がんの一つであるすい臓がんを最初の治療対象としています。
イルミメディカルは通常のカテーテル技術を応用し、血管内に通すことで、身体内部のどこにでも光を届けることができる医療機器用の光照射デバイスの開発を進めています。血管を経由することにより、光治療の難しい脳やすい臓、肝臓などの体内深部の臓器に対応できます。ターゲットとなる疾患はがん。特定の部位に薬剤を集積させておき、そこに光を照射することで、光のエネルギーにより薬剤を反応させたり、発熱させたりすることで、がんを治療できます。ほかにも、神経系疾患や再生医療にも応用できます。
iBody(アイボディ)は従来技術で取得が困難であったウサギやヒト抗体を、高性能かつ2日という短期間で取得する独自の技術を持っています。体内で抗体を産生する細胞を1細胞ずつ分離した後、抗体遺伝子を増幅することで、無細胞系で抗体を作製することができます。同社技術は、5年間かけてもできなかった抗体取得が可能になるなど、企業・アカデミアからも高い評価を受けています。 まずは抗体探索の受託ビジネスで収益基盤を確立した後に、共同研究によるマイルストーン収入や自社創薬のライセンスモデルなどに展開する考えです。
Logomix(ロゴミックス)は細胞を自在にチューニングする、大規模ゲノム改変技術のプラットフォームを提供しています。生物を大きく改変し人に役立つものを作る合成生物学領域のスタートアップで、多機能である細胞を提携企業の課題に合わせて改変し応用しています。医薬品では細胞治療用製品を創出。遺伝子技術を活用し細胞によって物質を生産するバイオものづくりでは、環境負荷を低減した有用物質の製法創出を行っており、合成生物学市場のけん引役として期待されています。
SyntheticGestalt(シンセティックゲシュタルト)はAIを活用して創薬や合成生物学分野における研究の効率化に取り組んでいます。「バイオインフォマティクス(生命情報科学) × AI」の専門性を強みとし、医薬品開発におけるリード化合物を発見する機械学習モデルや、バイオインフォマティクス のソリューションを他企業に提供しています。また、製薬に限らず、PETのリサイクル酵素の共同研究など、環境問題の解決に向けた研究にも注力しています。
世界では、スタートアップが革新的新薬や新規モダリティを生み出す原動力となりつつあります。日本がヘルスケア大国を目指すためにも、バイオロジー、AI/ML等の最新技術でビジネスを展開するスタートアップと、大手企業による協業の加速は不可欠と言えるでしょう。
▼テーマリーダーProfile
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
インタストリー&ファンクション事業部
鈴木 慶子(すずき・けいこ)
日系大手メーカーで創薬研究に従事。同社における創薬研究の立上げに携わり、シーズ探索からINDまでの幅広い創薬ステージで非臨床薬理から安全性評価までを担当
(がん、免疫、神経、mRNAワクチン、低分子、核酸、DDSシステム等)
現職ではヘルスケア・ライフサイエンス領域を中心に大企業での新規事業創出支援・ノベーションエコシステム構築に従事
医学博士
~イノベーショントレンドを定期的にキャッチアップされたい方へ~
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