この連載ではモーニングピッチ各回で取り上げたテーマと登壇ベンチャーを紹介し、日本のイノベーションに資する情報を発信します。
今回は、2023年2月9 日に開催した「アグリ特集」です。
1月に米ラスベガスで開かれた世界最大のデジタル技術の見本市「CES」では初日に、「ジョン・ディア」ブランドを展開する農機の世界最大手、米ディア・アンド・カンパニーのジョン・メイCEOが基調講演を行いました。基調講演は、その年のメッセージやトレンドを方向づけますが、農機メーカーのトップによる講演は初めて。ヒューマンセキュリティの根幹を担うのは農業と食であり、こうした領域に今後も全力で取り組んでいくことを全世界に向けて発信していました。
また、サステナブルな農業を意識した農業系ベンチャーの動きにも注目が集まっていました。例えばトルコのベンチャーは、農薬を使わずに365日にわたって約20品種の葉物を中心とした野菜を家庭で栽培できる、スマートガーデンを出展していました。このように世界では、耐久性があって生産性の高い農産物の研究開発が進んでいます。生産コストの引き下げにもつながるだけに、新しい生産技術は農業の飛躍的な成長を可能にします。
日本でも社会的、経済的、環境的にも良いという理由から、持続可能な農業が強く求められています。ただ、匠の技を駆使した生産方法によって質の高い農作物を生産したとしても、経営面での難しさを感じている農家は少なくありません。
新規就農者不足や耕作放棄地の増加、生産コストの高さ、販売価格の低迷といったように、人材や農地、収益性という観点から様々な課題を抱えているためで、アグリテックを活用して持続的成長を促すための環境整備が求められています。
エコシステムの構築に向けた、産学官連携の動きも活発です。愛知県では、愛知県農業総合試験場や大学が所有する技術と、スタートアップの新しいアイデア・技術を活用した共同研究を強化。社会実装を目的とした新しい農業イノベーションを創出するための「あいち農業イノベーションプロジェクト」を進めています。愛知県豊橋市は市の農業者、農業関連企業とアグリ系スタートアップをマッチング、農業課題の解決につながる新製品・サービスの開発を目指したコンテスト「TOYOHASHI AGRI MEETUP」を開催しました。
ベンチャーと大企業による協業事例も活発です。国内で複数の大規模植物工場を運営しているファームシップは、菱電商事、ハウス食品グループ本社と連携し、植物工場を活用したレタス、ハーブをはじめとする農作物素材の新たな価値創出に取り組んでいます。農業DXを提供するエゾウィンは、面白法人カヤックの愛称で知られるカヤックと提携。スマートフォン・パソコンから車両の現在位置と農作業の進捗状況を確認できる、DX技術の地方展開を強化します。
ヒートアイランド現象の抑制効果が期待される「環境芝」を提供するIFMC.(イフミック)は、天地人と提携しました。同社が持つ地球観測衛星からの宇宙ビッグデータなどを最大限に活用し、環境芝による表面温度の上昇抑制効果について検証します。
日本で作られた農産物は、東南アジアで高い人気を誇っています。こうしたDXの取り組みをしっかりとアピールし、海外企業との提携を通じ広めていくことが海外での存在感を一段と高めることになると思っています。今回は経営・生産プラットフォーム、流通プラットフォーム、農業ロボット、アグリバイオ、次世代ファームという5つの領域から5社を紹介します。
NEXTAGE(ネクステージ、東京都目黒区)は、栽培の難易度が高いとされるワサビ栽培を、複数のテクノロジーによってモジュール化し、専門知識がゼロでも屋内で栽培を行えるプロダクトの開発を進めています。気候変動の影響で、ワサビ田が日本で少なくなってきており、ワサビの生産量は2005年から20年までにかけて60%減少しています。栽培モジュールには大きさや色味、密度の計測などが行える成長管理システムを搭載し、コンテナで安定的に栽培。海外でも事業を展開する計画です。
ジャングルデリバリー(群馬県館林市)は、休耕地を活用してオリーブを栽培する「ジャングルオリーブネットワーク」を提供しています。苗の栽培から栽培家の育成、収穫物の買い取り、加工機の開発、ブランディングや国内外の流通までを一気通貫で行うことを目指しています。オリーブ栽培の適作地は(1)日照時間が年2000時間(2)降水量が1000ミリ程度(3)年平均気温が15度前後-という3つの条件が不可欠で、太平洋岸を中心に条件に適した地域は少なくありません。耕作放棄地の新たな対策として期待が高まります。
CULTA(カルタ、東京都渋谷区)は、日本発のプレミアム農作物ブランドを生みだすグローバルファームレスメーカーです。ファームレスは造語で、工場を持たない「ファブレス」の農業版という意味です。同社の強みは、あらゆる環境に対応した高品質な農作物生産を実現する品種開発力です。品種改良には10年を要すると言われますが、ゲノムと植物特性のデータを活用し、その関連性を機械学習によって効率化することで、開発期間の大幅な短縮化を目指しています。現在は高品質なイチゴを生産、東南アジアでの市場開拓を進めていきます。
輝翠TECH(キスイテック、仙台市青葉区)が開発するのは農業用ロボットです。強みは、月面探査ロボットの開発で活用されてきた、様々な技術を応用している点です。具体的には、GPSなしでも特定の場所の地図を自動作成できる「SLAM」という技術を搭載、障害物のない経路を選んで運搬します。ロボットはAIを搭載した追従型で、運搬後は収穫場所まで自動で戻り、収穫している人の動きに合わせ後を付いて来てくれます。りんご農家だけでなく他の果樹や野菜の収穫にも活用できるようにし、将来的には草刈りや農薬の散布といった作業の自動化を目指します。
アグリ・コア(福島県相馬市)は農作物の生産・販売、栽培技術のライセンス供与などを行っています。福島県相馬市にあるハウスでは1万株のワサビを栽培。ハウス内の温度や湿度などの情報をセンサーで収集し、栽培環境を制御する自社開発のシステムを導入することで省力化を実現しています。また、微生物を活用した特殊な培養土を使用することで、冷涼な環境を好むワサビの耐暑性が高まり栽培期間の短縮化にも成功しています。ITと微生物を駆使した農業生産技術を幅広く活用し、新たな技術開発も進めていきます。
ロシアによるウクライナ侵略は、穀物大国である両国の輸出制限による小麦価格の高騰に加え、肥料や飼料の高止まりを招き、国内の食品企業や農家にも大きな打撃を与えました。政府はこうした状況を踏まえ、肥料や飼料価格の高騰分の一部を補助するなど施策を講じました。しかし、日本の農業が抱える課題の解決にはつながっていません。食糧安全保障の観点からも国産農作物に対する注目度が高まっているだけに、アグリテック系ベンチャーの台頭による諸課題の解決が望まれます。
▼テーマリーダーProfile
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
Next Core事業部 Marketing Strategy ユニット ユニット長
青砥 優太郎(あおと・ゆうたろう)
茨城県の約200年続いた林農家の血筋。
早稲田大学卒業後、東証一部の情報通信企業にて、営業・投資・企画部門を経験後、子会社取締役に就任し、既存事業と新規事業の責任者として国内外のベンチャー企業との協業と収益化を実現。
農業関連企業よりサブスクリプションの仕組みを取り入れたいと言われたのをきっかけに、農業関連事業に関わる。
現在の専門は、DTVSにて大手企業向け成長戦略支援・新規事業創出支援に従事。
アグリ関連実績
・ 大手通信事業社とアグリベンチャーの事業提携の実施
・ 大手住宅建設企業や大手ディベロッパーにおける農業事業創出
・ 大手エネルギー企業における一次産業事業企画の実施
・ アグリベンチャーにおけるVCからの資金調達の実施
・ 官公庁自治体におけるアグリベンチャー政策のアドバイザー
~イノベーショントレンドを定期的にキャッチアップされたい方へ~
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