この連載ではモーニングピッチ各回で取り上げたテーマと登壇ベンチャーを紹介し、日本のイノベーションに資する情報を発信します。
今回は、2022年8月4日に開催した「ESG(環境・社会・企業統治)/Well-being特集」です。
ESGが広く認知されるようになったのは、2006年です。当時のコフィ―・アナン国連事務総長が、ESGの視点を投資プロセスに組み入れる国連責任投資原則(PRI:正式名称)を提唱したことがきっかけです。
ESG投資の流れは加速しており、PRIへの賛同数は2021年3月末時点で3826機関、その運用資産額は計121兆3000億ドルに達します。
また、世界持続的投資連合(GSIA:正式名称)の調査によると、2020年の米国のESG投資残高は17兆810億ドルと16年に比べほぼ倍増しています。欧州は12兆170億ドルとESGの定義の厳格化によってわずかに減少しました。投資の質向上が進められているのが理由です。一方、20年の日本は2兆8740億ドル。18年比の6倍と大幅な伸びを示していますが、欧米に比べると大きく出遅れています。ESG投資比率は24%。ここでも欧州(42%)、米国(33%)に差をつけられているのが現状です。
各国では地球温暖化への対策や環境負荷の低減への取り組み、社会問題への対処などで企業への投資を判断する例が活発化しています。また、ダイバーシティや女性活躍の推進、サプライチェーン上での人権尊重といった人的資本への対応も、企業を評価する重要な指標です。こうした状況を踏まえ、顕著な出遅れ感を解消するため、日本では大企業の非財務情報について、2023年度から可視化が義務付けられます。健康経営に対する関心が高まる
ESGという観点がなぜ重要なのかについて考えてみたいと思います。E(環境)については、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC:正式名称)の報告書によるメッセージから読み取ることができます。1990年の第1次報告書では「人為制限の温室効果ガスは気候変動を生じさせる『恐れがある』」といった表現でした。その後、「可能性が高い」「可能性が極めて高い」といったように表現が変わり、21年の第6次報告書では「人間の影響が大気・海洋及び陸域を温暖化させてきたことには『疑う余地がない』」と指摘しています。
「S」(社会)は色々なテーマが含まれていますが、政府が掲げる生涯現役社会に基づき、本日のテーマ「Well-being」にもつながる健康経営もSに位置づけられます。機関投資家の間では健康経営優良法人の認定の有無を、ESGの評価基準に組み入れる動きも見られます。
政府も健康経営を後押ししており、社員らの健康維持・増進に配慮した企業を認定する「健康経営銘柄」の数も右肩上がりで推移。大規模な優良法人の数は2016年度が235社でしたが、21年度は2299社と、5年間で10倍近くの数になりました。これに伴い、チーフ・ヘルス・オフィサー(CHO=健康管理最高責任者)を導入する動きも顕在化しています。
ESG対策はコストの負担増を強いるといったイメージがあります。しかし、米国の株価指数算出会社であるMSCI社によると、ESG銘柄の株価パフォーマンスは、全株式平均を上回っています。
こうした大企業の動きに伴い、ESG/Well-being系ベンチャーの台頭も著しく、今回は5社を紹介します。
Dataseed(データシード、東京都千代田区)は、ESGの取り組みを可視化するプラットフォーム「Dataseed」を提供しています。温室効果ガス排出量の可視化だけではなく、ESGの各項目に関連する企業の非財務情報を効率的・自動的に集約し、評価できるシステムを開発。顧客のESG対応強化、評価改善につながるソリューションを提供します。実装されているAI技術により、評価改善のヒントも得られるため、スコア向上に必要な施策の検討につなげられるのが利点です。大手企業だけではなく、サプライチェーンに含まれる非上場企業も事業の対象としています。
レコテック(東京都千代田区)は、プラスチックの資源循環を実現するプラットフォーム「POOL」を提供しています。資源情報から物流、減容、選別、加工、製品とサプライチェーン全体をデジタル管理できる点が特徴で、昨年11月からスタートし、すでに多くの企業が導入しています。大手化粧品会社との取り組みでは、まず集めたい素材をポリエチレンに決定。その後、廃棄元でどの程度の量が廃棄物として発生しているのかを登録してもらったあと、物流会社が回収、ボトルとしてリサイクルするといった取り組みを実施しました。
Melon(メロン、東京都港区)は、メンタルヘルスを健全に保ったまま仕事を続けられるように、心のセルフケアを行うオンライン型のマインドフルネスサービスを提供しています。法人研修プログラムはオンライン・リアルを組み合わせており、金融・IT・外資系企業を中心に導入が進んでいます。個人向けマインドフルネスのサービスの多くはアプリで、アーカイブでコンテンツを視聴する仕組みです。Melonではそれを高い離脱率の理由とし、朝6時から22時までライブでプログラムを提供する仕組みを採用、高い継続率につながっています。
ACCELStars(アクセルスターズ、東京都文京区)は、睡眠を解明し、新たな医療を創造するためのプラットフォームを提供しています。これまで睡眠を測定するには、大掛かりな機器を装着し専門家が分析をする必要がありましたが、世界最高精度のアルゴリズム機能を搭載した端末を腕に装着するだけで、睡眠から覚醒までの変化を記録。睡眠関連の疾患や脳と心の病気等を早期発見し、治療・予防することができます。まずは個人レポートを作成する睡眠健診サービスを展開。今後は、脳と心の病気に関連するプログラム医療機器の開発と、海外進出を目指します。
エモスタ(東京都中央区)は心理学的アプローチにAIテクノロジーを組み合わせ、表情(感情)を解析するソリューションを提供している心理学テック企業です。これまで経験や勘に頼ってきた感情情報を独自の技術・アルゴリズムで見える化。営業において交渉力向上のための解析や、社内の人間関係を可視化した上でのコミュニケーション改善などに貢献します。サービスのひとつであるロールプレイング(ロープレ)支援AI「mimik」は、最低でも2人が必要なロープレを、1人で対応できるようにしたシステムです。
機関投資家は、上場企業のESGに対する監視の目を強めています。2022年6月の株主総会では、取締役会に女性がいないとトップ選任に反対する運用会社もありました。ESGへの対応が企業価値に直結する動きは加速しており、ESG/Well-being系ベンチャーの注目度はさらに高まるでしょう。
▼テーマリーダーProfile
宮澤 嘉章(みやさわ・よしあき)
米系戦略コンサルティングファームにて新規事業開発、M&A、営業改革、中期経営計画策定など、戦略立案から実行支援にわたるコンサルティングPJに、金融/ハイテク・テレコム/インフラ/消費財等業界において従事。日系大手総合商社にてインフラ/エネルギー及び脱炭素等の領域を中心とした新規事業開発にかかる複数のTF、また新興国でのビジネス拡大に向けた全社戦略策定に従事。中南米に駐在し現地大手企業/有力パートナーの開拓、関係深化や新規事業探索、開発を担当。デロイトトーマツベンチャーサポート参画後は、執行補佐として気候変動領域のプロジェクトの責任者を務める。
~イノベーショントレンドを定期的にキャッチアップされたい方へ~
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