この連載ではモーニングピッチ各回で取り上げたテーマと登壇ベンチャーを紹介し、日本のイノベーションに資する情報を発信します。
今回は、2022年7月28日に開催した「大企業発ベンチャー特集」です。
大企業の豊富な経営アセットを活用し、新規事業に挑戦するベンチャー企業のことを「大企業発ベンチャー」と定義しています。2000年以降に設立された代表的な企業が、ソニーグループが出資するエムスリーと、住友商事と米社との共同出資によるモノタロウで、時価総額が1兆円を超える企業まで成長しています。
2021年以降はソニーグループ出身の3人が創業したセーフィーや、パソナグループ発のサークレイスなど5社以上が、上場を果たしています。特徴的なのは設立から上場までの期間が平均で約6年という、圧倒的な速さです。
最近はさまざまな大企業の中で、社内発ベンチャーを創出する動きが活発です。着目すべきポイントは、ジョイントベンチャー(JV)やカーブアウト(大企業からの事業切り出し)を活用した新規事業の立ち上げが増えている点です。
コア事業から一定距離がある事業に乗り出す場合、自社に技術的部分が足りないケースがあります。それを補うため、スタートアップの技術を活用してJVを設立するパターンが、その一つです。また、当該事業に自社で資本を投下できない、社内に事業を推進できる人材が存在しない場合に独自で採用活動をしなければならない等の状況において、外部から資金を調達して短期間で成長を目指すという事例も増えています。
大企業発ベンチャーに取り組むための環境も整備されてきました。具体的には社内の研修制度として新規事業に関連するコンテンツを採用する企業や新規事業制度に取り組む企業が増加しており、従来よりも新規事業に対する投資予算が増加傾向にあります。
政策による支援も進んでおり、経済産業省による「出向起業等創出支援事業」では、出身企業の出資比率を20%未満とすることなどを条件に、事業立ち上げに必要な出費を一部負担します。また、新規事業を立ち上げる人材が不足している問題に関しては、外部の起業家を招いて事業の立ち上げに取り組む制度で対応しようとしています。
資金需要に関してはカーブアウトを対象にしたファンドの実績も増えてきているほか、新規事業に特化したファンドも設立されており、リスクを取りづらいという企業が活用しています。
一方で、将来的に自社の柱となりうるような、骨太なインパクトのある事業を作れているのかといった課題感も顕在化しています。それを克服するためには、魅力的なTAM(Total Available Market=獲得可能な最大市場規模)であるかどうか、その市場で優位なポジションを築き収益性の高いビジネスを展開できるかを確認する必要があります。新規事業の成功確率を高め、成長速度を加速させるために、あえて新規事業を切り離すカーブアウトを選択されるケースがありますが、その際は、イグジット(出口戦略)のタイミングで、数百億円以上のバリュエーション(企業価値)を目指せるかという観点が重要です。一定規模以上のバリュエーションが期待できなければ、キャピタルゲインも少なくなるため、外部の投資家から魅力的に映りませんので、注意すべきポイントです。
事業の仮説検証も重要です。大企業の中で新規事業を生むメリットの一つとして、自社のアセットを活用した仮説検証と改善を行える点が挙げられます。
それによって技術精度を高め、高品質のサービスを開発・提供できる点が、通常のベンチャーと比較して優位性を発揮できる点です。自社開発の製品・サービスを自社およびグループ会社に導入することが大企業への導入実績となり、他社へ営業する際の説得材料となることも期待できます。外部の投資家が大企業発ベンチャーに注目している理由も、大企業の豊富なアセットによって技術やサービスが磨かれる点にあります。こうした取り組みによって、ますます大企業ベンチャーの数も増え、狙える市場も大きくなってくることでしょう。
今回は5社のベンチャーを紹介します。
Yaala(ヤーラ、大阪市北区)は、関西電力の社内の起業制度を活用し、井上裕子社長が起業しました。自身の二度の出産経験で、「産後のモヤモヤした気持ちがあり、ずっと余裕のない状態だった」点を踏まえ、乳児を持つ家族と一定期間滞在できる施設と、産後生活を支援するサービスを提供します。海の見える高台に建つ一軒家で施設オーナーと共同で生活するほか、施設周辺の飲食店等で使用できる独自の通貨を付与。施設周辺の人々との交流を促します。また、子育てに関する疑問や不安を専門家に直接相談できる機会も提供します。
旭化成グループ発のコネプラ(東京都千代田区)は、マンションの居住者同士のコミュニティづくりを支援するアプリ「GOKINJO」を提供しています。旭化成グループは、ペット好きな世帯だけが集まる賃貸住宅を開発するなど、コミュニティの醸成を重視した住宅事業を展開しています。コネプラはこうした理念を踏まえて誕生しました。導入済みのマンションでも、未使用おむつの譲渡など、子どものモノを介し、コミュニティがじわじわと広がりつつあります。資産価値を形成するには、活発なコミュニケーションも不可欠な要素となるだけに、さらなる普及が望まれます。
パソニックホールディングス発のToBeIndependent(トゥービーインディペンデント)は、要介護高齢者が再び自立した生活を取り戻す「自立支援サービス」を提供します。多くの要介護高齢者を自立させた実績とノウハウがあり、寝たきりから歩き出す状態まで回復する「予後」を描き出し実現する、技術基盤を有しています。ソリューションの提供先は介護事業者だけでなく、ホテル、シニアレジデンスなども想定。要介護高齢者が元気になる場と、元気になる高齢者の数を増やしていくことをミッションに掲げています。
NTTドコモ発の「はたらく部」(東京都千代田区)は、中高生のキャリア教育を部活として提供しています。社会と自分について考えを深め、「働く」を体感でき、ワークショップとバーチャル空間内での対話を主なサービスとして展開。社会人コーチが伴走してサポートします。社会を体系的に把握でき、バーチャル空間に部室を用意し、個人の学びを可視化できるコンテンツが特徴です。都市部に限らず全国どこからでも参加でき、進路の選択の幅を広げていきます。
CalTa(カルタ、東京都港区)は、JR東日本スタートアップと国産ドローンメーカーのLiberawareとによる合弁会社です。全地球測位システム(GPS)に依存せず暗所、狭所の屋内を飛行できる点検・測量用ドローンによって、データの取得と、インフラ業界のデジタルトランスフォーメーションを推進します。「TRANCITY(トランシティ)」は、現場の動画を撮影してアップロードするだけで、三次元データの生成から設備管理まで一気通貫できるソフトです。一連のサービスを武器に、遠隔地や足場の無い高所など、省人化のニーズが高い領域での事業拡大が期待されます。
米国では優秀な学生ほど起業する傾向が強いですが、日本の優秀な人材は大企業に偏在しています。政府は2022年を「スタートアップ創出元年」と定め、今後5年間でスタートアップの数を10倍に増やすことを視野に入れています。スタートアップが日本経済のけん引役を担っていくためにも、大企業の〃眠れる資産〃を活用したスタートアップの輩出が、急務な課題といえるでしょう。
福島 和幸(ふくしま・かずゆき)
ベンチャー企業で事業立上げ、マーケティング、事業グロースの経験を積む。デジタルマーケティング事業を展開するベンチャー企業を創業(取締役共同創業者)。当社入社後は、大企業向け新規事業創出に係るアドバイザリー業務に従事。
~イノベーショントレンドを定期的にキャッチアップされたい方へ~
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